コロちゃんコロッケはなぜ消えた?700店崩壊の真相と現在地

コロちゃんコロッケはなぜ消えた?700店崩壊の真相と現在地の真相や最新動向に迫る! 専門的な視点で紐解きます。

「コロちゃんのコロッケ屋!」を運営していたコロちゃん株式会社は、岐阜県恵那市で創業者の小林弘社長によって創業されました。もともとは食肉販売や惣菜店を手掛けていた経験を活かし、1996年にコロッケ専門店としての展開を開始。2000年以降、画期的なフランチャイズパッケージを引っ提げて驚異的なスピードで店舗網を拡大しました。

その躍進を支えた最大の武器は、徹底した低投資モデルです。数坪程度の敷地があればプレハブ小屋やコンテナハウスで開業でき、大型の厨房設備も不要。フライヤー1台と冷凍ストッカーさえあれば、未経験の脱サラ層や主婦でも1人(ワンオペレーション)で切り盛りできる手軽さがウケました。低廉なフランチャイズ加盟金と開業資金の安さは、折からの長引く平成不況下で独立開業を目指す人々を惹きつけ、瞬く間に全国へ広がっていったのです。

ピーク時には直営・FC合わせて国内700店舗以上を達成し、イギリス、タイ、アメリカなど海外へも進出を果たしました。しかし、この華々しい快進撃の足元では、致命的な破綻へのカウントダウンが着実に進んでいました。

2007年8月13日、コロちゃん株式会社は名古屋地方裁判所に自己破産を申請し、負債総額約25億円を抱えて経営破綻しました。かつて一世を風靡した巨大チェーンの突然の倒産理由について、帝国データバンクなどの企業調査や当時の経済報道から分析すると、主に4つの構造的要因が浮かび上がります。

第1に、店舗同士の過密出店による共食い現象です。本部は出店ペースを維持するため、商圏の厳密な保護を行わずに近接エリアへの連続出店を許可。結果として自社競合が発生し、1店舗あたりの売上が激減していきました。第2に、外部環境の激変と食の安全問題です。2000年代前半に発生したBSE(狂牛病)問題や鳥インフルエンザの流行により、消費者の食肉・揚げ物全般に対する不信感が高まり、客足が大きく遠のきました。

第3に、原価高騰と「50円」という価格の限界です。2006年から2007年にかけて、世界的なバイオ燃料需要や新興国の需要増により、小麦粉、食用油脂、原油などの原材料価格が歴史的な高騰を記録しました。看板商品だった「1個50円」のコロッケはもともと極めて薄利な設定であり、原材料費が跳ね上がっても「ワンコインの手軽さ」というブランドイメージが邪魔をして機動的な値上げに踏み切れず、売れば売るほど利益が削られる出血状態に陥ったのです。

第4に、過大な設備投資による資金繰りの破綻です。急増する店舗へ冷凍コロッケを安定供給するため、巨額の借入を行って大型セントラルキッチン(自社工場)を建設・拡張しました。しかし、国内需要の鈍化と店舗閉鎖が始まったことで工場の稼働率は急落。重たい固定費と借入金の返済負担が重くのしかかり、ついに資金ショートを引き起こしました。急成長のエンジンだった薄利多売のFCシステムが、環境変化によって自らを締め上げる首絞め縄となってしまったのです。

山田 真由

山田 真由

自動車・モビリティライター

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。