菅義偉元首相の弔辞はなぜ泣けるのか?山縣有朋の歌と執筆の真相
弔辞のクライマックスを飾り、後世に語り継がれる決定打となったのが、明治の元勲・山縣有朋が伊藤博文の死を悼んで詠んだ短歌の引用でした。1909年、ハルビン駅で凶弾に倒れた盟友・伊藤を失った山縣の心情を綴った歌です。
「かたりあひて 尽しゝ人は 先立ちぬ 今より後の 世をいかにせむ」
(語り合い、ともに力を尽くしてきたあなたは先に旅立ってしまった。残された私は、これから先の世をどう生きていけばよいのか)
この歌が単なる文学的修辞にとどまらなかったのは、導入の経緯にあります。菅氏は、安倍氏の議員会館の執務室を訪れた際、机の上に置かれていた歴史学者・岡義武氏の著書『山縣有朋』が目に留まったと明かしました。その本には読みかけの頁を示す栞(あるいは折り目)が挟まれており、そこに記されていたのがまさにこの一節だったという事実です。
伊藤博文(長州出身・初代総理大臣)と山縣有朋の関係性を、現代における安倍晋三と菅義偉の関係性に重ね合わせるこの演出は、歴史の連続性と個人的な追悼が見事に融合した瞬間でした。「この歌を、私からあなたに捧げたい」と結ばれた弔辞は、2人が共有した志の深さを物語る証拠となりました。