北朝鮮工作船事件の全貌と現在|銃撃戦と横浜展示が語る真実

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日本の海洋主権を揺るがした工作船事件を理解する上で、起点となるのが1999年3月の能登半島沖不審船事件です。日本の漁船「第1大和丸」「第2大和丸」に偽装した不審船2隻に対し、海上保安庁の巡視船が追跡を実施。停船警告を無視して高速逃走を続けたため、戦後初となる海上自衛隊への海上警備行動が発令され、護衛艦による警告射撃やP-3C哨戒機による警告爆撃が行われました。しかし、最高速力30ノット以上を誇る不審船は北朝鮮・清津方面へと逃走を許す結果となりました。

この痛烈な教訓を経て法改正が進められた直後、2001年12月22日に発生したのが九州南西海域工作船事件です。東シナ海の日本の排他的経済水域(EEZ)内で、中国漁船「長新丸」の船名と偽の登録番号を掲げた不審船を海上保安庁が捕捉しました。

巡視船「いなさ」「みずき」などが追跡し、威嚇射撃を実施して停船を迫ったところ、工作船側は突如として自動小銃やRPG-7対戦車ロケットランチャーによる激しい反撃を開始。海上保安官3名が被弾・負傷する事態となりました。巡視船側も正当防衛による射撃で応戦する中、工作船は午後10時13分頃、自爆用仕掛け爆弾を起爆させ、爆発炎上とともに水深約90メートルの海底へと自沈しました。

松本 悠斗

松本 悠斗

サステナビリティ研究家

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。