浜木綿子と息子・香川照之の真実|壮絶な生い立ちと歌舞伎界襲名の葛藤

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浜木綿子と元夫である歌舞伎俳優・三代目市川猿之助(のちの二代目市川猿翁)の出会いは1960年代初頭に遡ります。宝塚退団後に東宝現代劇の看板女優として輝いていた浜木綿子と、歌舞伎界の風雲児として頭角を現していた猿之助は、1965年に結婚しました。同年12月7日には長男である香川照之が誕生し、一見すると誰もが羨む華やかなスター夫婦の誕生と思われました。

しかし、その結婚生活はわずか1年余りで事実上の破綻を迎えます。猿之助が16歳年上の既婚者であった日本舞踊の家元・藤間紫のもとへと走り、家を出て同棲を開始したためです。当時、生後1歳にも満たない乳飲み子を抱え残された浜木綿子の絶望と屈辱は、想像を絶するものでした。その後、数年間の別居生活を経て1972年に正式な離婚が成立します。

当時の芸能界において、梨園の妻が夫に去られ、乳幼児を抱えてシングルマザーとして生き抜くことは容易ではありませんでした。浜木綿子は舞台やテレビドラマの現場に復帰し、寝る間を惜しんで働き続けました。後のインタビューや自著で浜木綿子は、「息子を飢えさせないこと、そして世間に後ろ指を指されない立派な人間に育て上げることだけが生きる支えだった」と述懐しています。この壮絶な覚悟が、香川照之という唯一無二の表現者を形成する原点となりました。

山崎 陸

山崎 陸

ガジェット&アプライアンスライター

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