太宰治の死因の真相とは?玉川上水心中と遺書に遺された最後の真実
太宰の死をめぐっては、当時から現代に至るまで「山崎富栄による無理心中説」や「他殺説」が根強く語り継がれてきました。なぜこのような疑惑が生じたのでしょうか。主な論拠は以下の点に集約されます。
- 玉川上水の土手に残された下駄のスリップ痕:太宰が踏ん張って入水を躊躇したような跡があったという当時の目撃証言。
- 遺体の結び目:二人の体を縛っていた紐が、山崎富栄側から固く結ばれていたという話。
- 太宰の生への執着:死の直前まで連載小説『グッド・バイ』を執筆中であり、新聞社との契約も残っていた点。
しかし、当時の警視庁三鷹警察署の捜査記録、立ち会った検視官の所見、そして富栄が残した膨大な日記(『愛は死と共に』として出版)を詳細に精査すると、事件の実態は「両者の合意に基づく心中」であったことが明白です。
土手のスリップ痕については、足場の悪い急斜面から濁流に飛び込む際、滑り落ちた痕跡であると鑑定されました。また、遺体の結び目に関しても、入水時に水流で体が離れ離れになるのを防ぐため、心中において広く見られる処置でした。検視において毒物反応や頚部圧迫痕などの他殺・無理心中を裏付ける物理的証拠は一切検出されていません。