森崎博之の現在と年収の真相|なぜ東京を捨て北海道の大地に立つのか
森崎博之の歩みは、決して順風満帆なエリートコースではありませんでした。北海学園大学法学部に入学し、演劇研究会で大泉洋、安田顕、戸次重幸、音尾琢真と巡り合ったことが、その後の運命を決定づけます。しかし大学卒業後、森崎は表現の道を一旦諦め、東京の証券関連企業に一般就職を果たしました。
当時、バブル崩壊後の混沌とした東京で満員電車に揺られ、営業ノルマに追われる日々を送った森崎は、心身ともに摩耗していきました。当時の手記や公式インタビューにおいて、本人は次のように述懐しています。
「東京のビル群を見上げたとき、自分の足が地面に着いていないような猛烈な恐怖を感じた。自分を生かしてくれるのは、北海道の土と仲間たちしかいないと確信した」
わずか数か月でサラリーマン生活に終止符を打ち、失意の中で北海道へ帰郷。1996年、学生時代の仲間たちと「卒業制作の思い出づくり」として一度きりの解散公演を行うために結成されたのがTEAM NACSでした。その舞台で浴びた熱狂的な拍手が、彼らを再び演劇の道へと引き戻したのです。
大泉洋との関係性は、単なる仕事仲間を超越した「運命共同体」と言えます。バラエティ番組では大泉から「顔が規格外にデカい」「リーダーらしい仕事をしていない」と激しいイジりを受けるのが定番ですが、公の場を離れた取材で大泉は「森崎が北海道にいてくれるから、自分たちは東京でどれだけ泥だらけになっても帰る場所がある」と絶対的な信頼を明かしています。攻めの切り込み隊長として外征する大泉洋と、本拠地の城を守り抜く森崎博之。この明確な役割分担こそが、結成30年を経てもグループが空中分解しなかった最大の防波堤となっています。