『仁義なき戦い』広能昌三のモデル美能幸三の壮絶な生涯と獄中手記の真相
出所後の美能幸三は、故郷である広島県呉市に腰を落ち着け、実業家として第二の人生を歩み始めました。木材関連の事業や土木建築業などに携わり、堅実な生活を送っていたことが地元関係者の証言によって確認されています。
『仁義なき戦い』が社会現象となり、菅原文太演じる広能昌三が国民的ダークヒーローとなった後も、美能本人は一切メディアの表舞台に出ることを拒み続けました。テレビ局や出版社からの莫大な出演料や取材依頼が殺到したものの、すべて門前払いしたといいます。
その最大の理由は、「家族と子供たちを守るため」でした。元組長という過去の十字架を背負いながら、一般社会で暮らす家族にこれ以上の迷惑や風評被害を及ぼしてはならないという、父親としての強い責任感があったと伝えられています。地元の住民に対しても礼儀正しく、物静かで温厚な初老の男性として接していた姿が印象深く語られています。
そして2010年(平成22年)3月17日、美能幸三は呉市内の病院で静かに息を引き取りました。84歳の誕生日の前日、享年83でした。死因は長年患っていた肺気腫(呼吸不全)と報じられています。激動の昭和裏社会を生き抜き、血みどろの抗争の生き証人となった男の最期は、かつての喧騒が嘘のように穏やかなものでした。