あさが来たモデル広岡浅子の生涯!ドラマとの違いや五代友厚の真相の重要ポイントを解説します。役立つ情報が詰まっています。
ドラマの登場人物たちと、モデルとなった実在人物の間にはどのような共通点と相違点があったのでしょうか。主要キャストと実在モデルの対比を、当時の社会背景とともに整理しました。
ドラマの役名(キャスト)実在のモデル人物史実における立場・関係性編集部の見解・実態のギャップ白岡あさ
(波瑠)広岡浅子
(1849〜1919)三井小石川家出身。加島屋・広岡信五郎の正妻。実業家・教育者。ドラマより遥かに苛烈で妥協のないリアリスト。交渉力と行動力は当時の財界屈指。白岡新次郎
(玉木宏)広岡信五郎
(1841〜1904)加島屋の第8代当主。浅子の夫。尼崎紡績初代社長などを歴任。単なる道楽者ではなく、社交界に顔が広く、妻の才能を完全に信じて権限を委ねた稀有な器量人。五代友厚
(ディーン・フジオカ)五代友厚
(1836〜1885)薩摩藩士、実業家。大阪株式取引所や大阪商工会議所を設立。浅子との間に個人的な恋愛感情は一切存在せず、大阪経済界の指導者と若手実業家という関係。今井はつ
(宮﨑あおい)三井春
(1847〜1872)浅子の異母姉。両替商「天王寺屋」の大眉五兵衛に嫁ぐ。ドラマでは和歌山へ移住し長生きしたが、史実では天王寺屋破綻の心労が重なり25歳の若さで病死している。ふゆ
(清原果耶)小石カメ
(生没年不詳)広岡家の女中であり、信五郎の側室となった女性。ドラマでは別の男性と結ばれたが、史実では信五郎との間に3女1男をもうけ、浅子と同居しながら家を守った。成澤泉
(瀬戸康史)成瀬仁蔵
(1858〜1919)教育者、牧師。日本女子大学校の創設者。浅子の思想的同志。女子教育論に心酔した浅子が最大の資金調達パートナーとして奔走した。