弘道会の現在と最新組織図の内幕|六代目山口組中核の激動を追う
弘道会がわずか数十年のうちに山口組の頂点へ登り詰めた背景には、歴代会長の卓越した組織運営力と冷徹なまでの権力掌握術が存在します。その系譜を辿ることは、平成から令和にかけての日本の裏社会史を検証することと同義です。
初代会長の司忍(本名・篠田建市、現・六代目山口組組長)は、大分県出身で名古屋の「中京戦争」などを経て頭角を現しました。1984年に前身である弘田組を改編して弘道会を創設。徹底した規律と企業舎弟を活用した資金獲得活動を組織化し、2005年に六代目山口組組長へと上り詰めました。公の場で見せる直立不動の立ち振る舞いや、組織の統制を何よりも重んじるスタイルは、その後の弘道会の規範となっています。
その司組長を実務面・戦術面で支え、組織を巨大化させたのが二代目会長の高山清司(現・六代目山口組若頭)です。高山若頭は卓越した交渉力と妥協を許さない人事手腕で「警察が最も恐れる男」と称されました。捜査関係者の公判証言や元組員の回想録でも語られている通り、高山体制下での弘道会は「組員相互の私的会話の制限」「警察に対する完全黙秘の義務化」といった鉄の掟を敷き、鉄壁の防諜体制を完成させました。
そして現在、三代目として舵取りを担うのが竹内照明会長です。高山組の二代目組長として実績を重ね、2013年に弘道会会長の座を継承しました。竹内会長は先代からの強権的な統率を踏襲しつつ、司法リスクと社会的な締め付けに対応するため、より緻密で目立たない組織運営を推進しています。法廷や警察署に出頭する際に見せる沈着冷静な表情は、過剰な露出を嫌う現在の組織方針を象徴していると言えます。