吉本せいの朝ドラは2作品!わろてんかとブギウギ比較と実話の真相
Q1:『わろてんか』の藤岡てんと『ブギウギ』の村山トミは、本当に同じ人物がモデルですか?
A1:はい、いずれも吉本興業の創業者である吉本せいをモデルにしています。『わろてんか』では若き日の起業から興行界の頂点に登り詰めるまでの光の軌跡を、『ブギウギ』では息子・穎右と笠置シヅ子の交際を巡る母としての苦悩と絶対的権力者としての影の側面を中心に描いています。
Q2:吉本せいの子孫は、現在も吉本興業の経営に関わっているのですか?
A2:関わっていません。せいの男子(泰典、穎右)はいずれも20代前半で病没し、直系の男子後継者が途絶えました。そのため経営権は実弟の林正之助や林弘高らに移り、戦後の株式会社吉本興業は林一族および外部のプロ経営者によって発展していくことになりました。
Q3:笠置シヅ子の産んだ娘は、その後どうなったのですか?
A3:穎右の死後に生まれた娘・エイ子(亀井ヱイ子)は、吉本家からの引き取り要請を断った笠置シヅ子の手ひとつで育てられました。シヅ子は歌手・女優として多忙を極めながらも娘を溺愛し、女手一つで立派に育て上げました。成人後のエイ子さんは一般人として家庭を築き、メディア等で母・シヅ子の思い出を語る活動をされています。
Q4:吉本せいの最期と死因について教えてください。
A4:1950年(昭和25年)3月14日、兵庫県西宮市苦楽園の自邸において、肺結核のため亡くなりました。享年60。最期を看取ったのは実弟の林正之助ら親族で、波乱に満ちた生涯の幕引きは、戦後の混乱がまだ残る静かな朝のことでした。