坂東彌十郎の現在と家族の真相|大河で輝いた名優の経歴と息子・新悟の絆
インターネット上の言説では、「大河ドラマで一躍有名になったのは、大物映画スターの息子だから」「梨園の名門に生まれた順風満帆なエリート」といった誤解や皮肉が散見されることがあります。しかし、歌舞伎史を詳細に検証すれば、それが事実と正反対であることが明白になります。
父である坂東好太郎は映画界で絶大な功績を残したものの、当時の松竹直参の大幹部たちと比べると、歌舞伎座の本興行における基盤は決して強固ではありませんでした。好太郎が没した後の彌十郎は、有力な門閥の後ろ盾を欠いた状態で、ゼロから自らの存在価値を証明しなければならない過酷な立場に置かれていたのです。
また、「遅咲き」という言葉が時に「若い頃は実力がなかった」と誤読されるケースもありますが、これも明確な誤謬です。彌十郎は20代・30代の段階ですでに業界内では「芝居が抜群に上手い巧者」として知られており、だからこそ猿之助や勘三郎といった妥協を許さない異才たちがこぞって彼を一座の要として重用したという歴史的事実があります。世間的な認知のタイミングと、演劇的実力の充実は完全に別物として捉える必要があります。