上島竜兵が今なお愛され続ける理由|妻の手記と仲間が明かした素顔
上島竜兵 経歴を振り返ると、その原点は役者を志して上京した青年期に遡ります。兵庫県出身の彼は、劇団青年座の研究所などを経て、テアトル・エコーの養成所で出会った肥後克広さん、寺門ジモンさん、そして南部虎弾さん(後に電撃ネットワークを結成)らとともに、1985年にダチョウ倶楽部を結成しました。太田プロダクションに所属後、フジテレビ系『ものまね王座決定戦』や日本テレビ系『スーパーJOCKEY』などで頭角を現します。
ダチョウ倶楽部が確立したリアクション芸は、単なる身体を張ったバラエティの企画を超え、歌舞伎の型にも通じる「大衆芸能の様式美」へと昇華されました。「押すなよ、絶対に押すなよ!」という前振りとフリの回収、帽子を使った「くるりんぱ」、怒って詰め寄り最後は唇を重ねる「喧嘩してキス」、そして全員が手を挙げて最後に譲る「どうぞどうぞ」など、国民の誰もがルールを共有できる芸を数多く生み出しました。
リーダーの肥後さんが俯瞰して全体を包み込み、寺門ジモンさんが独自のペースでスパイスを加え、中央で上島さんが盛大に転ぶ。この黄金律のトライアングルは、トリオ芸の最高峰としてテレビ史に不滅の記録を残しました。