ワンダーフォーゲル部事件の真相|日高山脈の悲劇と残された手記

話題沸騰中の ワンダーフォーゲル部事件の真相|日高山脈の悲劇と残された手記について、多角的な視点を分かりやすく掲載しています。

事件の舞台となったのは、アイヌ語で「クマ(神)の転げ落ちる山」を意味する峻険な日高山脈・カムイエクウチカウシ山(標高1,979m)です。福岡大学ワンダーフォーゲル部の精鋭5名(リーダー:神野武さん、サブリーダー:手島敬夫さん、部員:大川原一彦さん、吉川秋男さん、西井弘さん=学年・役職はいずれも当時)は、日高山脈縦走ルートの途上、7月25日に九ノ沢カールに設営したテントで運命の遭遇を果たしました。

ワンダーフォーゲル部事件の真相とはどのようなものだったのか。平穏な夏山合宿が一転、地獄の逃走劇へと変貌していったプロセスを時系列タイムラインで辿ります。

【7月25日(遭遇と最初の致命的ミス)】
午後4時30分頃、九ノ沢カールに設営されたテントの外に1頭の若いヒグマ(推定3歳・雌・体重約130kg)が現れます。ヒグマはテント脇に置いてあった登山用の大容量リュックサック(キスリング)を漁り、中の食料を食べ始めました。メンバーはラジオの音量を最大にし、鍋や食器を打ち鳴らしてヒグマを威嚇。ヒグマが一旦後退した隙に、メンバーは「奪われた荷物を引っ張り戻してテント内へ回収」しました。この行動こそが、ヒグマの強烈な執着心と敵愾心に火をつける決定打となったのです。午後9時頃、ヒグマは再び接近し、テントの側壁に爪を立てて穴を開けました。

【7月26日(繰り返される襲撃と恐怖の夜)】
早朝、再びヒグマが襲来。執拗にテントを破壊し始めたため、5名は荷物を残して避難を決断します。山頂方面へ登る途中、同ルートを行動していた北海学園大学や鳥取大学の山岳パーティーと合流。他パーティーから食料の支援を受け、事態の打開を図ります。しかし、他パーティーが下山を勧告する中、福大パーティーは「荷物を回収して下山する」という判断を下し、九ノ沢カールへ戻ってしまいます。夕刻、設営し直したテントに再びヒグマが出現。周囲にいた他大学のパーティーも恐怖から退避を余儀なくされ、福大パーティーは夜の山中で完全に孤立しました。

【7月27日(稜線上の惨劇と散開)】
夜明けとともにテントを脱出し、八ノ沢カール方面へ稜線を逃げる5名。しかし、ヒグマは尾根伝いに彼らを追跡していました。視界を遮る濃霧の中、突如として背後から現れたヒグマが最後尾の吉川さんを急襲。リーダーの神野さんは「全員逃げろ!」と叫び、パーティーは霧の中で散り散りとなります。逃走の途中で神野さんと大川原さんも次々と捕まり、命を奪われました。手島さんと西井さんの2名は必死の思いで谷へ滑落気味に脱出し、八ノ沢を下って五の沢砂防ダム工事現場へ辿り着き、奇跡的に生還を果たしました。

小林 直樹

小林 直樹

トレンドリサーチャー

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。