岡田茉莉子の現在|吉田喜重監督との死別と93歳の今、訃報の真相
岡田茉莉子の歩んだ軌跡を振り返る上で欠かせないのが、複雑な出自と銀幕の血統です。彼女の実父は、戦前のサイレント映画界で絶大な人気を誇った伝説の二枚目スター・岡田時彦(本名:高野貞行)です。しかし、父は彼女がわずか1歳のときに結核のため30歳の若さで病没しました。元宝塚歌劇団の女優であった母・田崎ミノ子(芸名)の手で育てられた彼女は、物心ついた頃から「早逝した天才俳優の娘」という宿命を背負うことになります。
1951年、東宝の巨匠・成瀬巳喜男監督の映画『舞姫』で鮮烈なデビューを飾り、芸名は文豪・谷崎潤一郎によって命名されました。その後、松竹へ移籍し、木下惠介監督や小津安二郎監督の名作(『秋日和』『秋刀魚の味』など)に出演。可憐な令嬢役から芯の強い現代女性までを演じ分け、昭和日本を代表するトップスターへと上り詰めました。
そして彼女のキャリアと人生を決定づけたのが、映画出演100本目の記念作品として自ら企画・主演を務めた1962年の映画『秋津温泉』です。当時、松竹の気鋭の若手監督として頭角を現していた吉田喜重を監督に指名。この運命的な出会いによって映画は大成功を収め、毎日映画コンクール女優主演賞など数々の栄冠を獲得するとともに、2人の魂の結びつきを生み出しました。