憶良らは今は罷らむ子泣くらむの現代語訳と文法|宴を抜けた真相
Yahoo!知恵袋や教育系SNSのコミュニティを観察すると、現代の学習者たちがこの歌に対して抱くリアルな違和感や疑問が浮き彫りになってきます。
「憶良は今は出て行きましょう、子が泣いているのだろうとあるが、状況がよく分からない」「なぜ妻のことを『その母』と他人行儀に呼ぶのか?冷め切った夫婦関係だったのか?」といった疑問が典型例です。
まず、妻を「それその母」と表現した点について、古典文学の研究現場では「照れ隠しと客観化の妙」として分析されています。自分の妻を「私の妻」と直接的に口にするのは当時の宴席では野暮であり、あえて「子どもの母親」という役割として第三者的に描写することで、家庭の微笑ましい情景をコミカルにスケッチしてみせたのです。
また、「70歳近い老人にそんな小さな子どもが本当にいたのか?」という疑念も頻繁に提起されます。これについては、憶良が晩婚で実際に幼子を溺愛していたという説と、宴会を抜けるための知的なパロディ(フィクション)であったという説の双方が存在します。しかし、万葉集巻5に収められた憶良の代表作「子等を思ふ歌」(銀も金も玉も何せむに 勝れる宝子に及かめやも)に代表される通り、憶良が我が子に対して尋常ならざる愛情を注いでいたことは疑いようのない歴史的事実です。