現存する天守閣はなぜ12城だけ?国宝5城の奇跡と残った理由を徹底解剖

現存する天守閣はなぜ12城だけ?国宝5城の奇跡と残った理由を徹底解剖について分かりやすく解説いたします。最新の情報をチェックしてください。

現存天守を巡っては、インターネットや一般的な観光案内において多くの誤解が定着しています。その最たるものが「天守=殿様が普段暮らしていた部屋」というイメージです。

実際の天守は、戦時における最後の砦であり、外部に対する軍事的・政治的威圧のシンボルに過ぎませんでした。天守の内部には畳敷きの部屋はごく一部(高知城など)を除いて存在せず、板張りと剥き出しの柱、薄暗い空間が広がっています。城主(大名)が平時に執務を行い、日常生活を送っていたのは、天守の下に広大に建てられた「本丸御殿」や「二の丸御殿」でした。天守に住んでいたと考えるのは現代人のロマンが生んだ完全な誤認です。

また、「昔の城は誰でも登りやすかった」という思い込みも危険です。現存天守の内部階段は、敵兵の侵入を遅らせるために傾斜が50度から60度近くに達するものが大半です。これは階段というより「固定された梯子」に近い危険な角度であり、鎧を着た武士が駆け上がることを阻む構造になっています。手すりにしっかり掴まらなければ転落しかねないこの険しさは、現存天守ならではの「本物の戦場構造」を証明しています。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。