自衛隊別班は実在する?Vivant元ネタの闇と2026年現在の真相
防衛省の公的な組織図を開いても「別班」という文字を見つけることはできない。組織の正式名称の変遷をたどると、かつての陸上幕僚監部第2部(情報担当)、調査部、そして陸上幕僚監部運用支援・情報部別班へと至る系譜が存在する。現在の防衛省情報本部(DIH)や陸上幕僚監部指揮通信システム・情報部の影で、外部呼称として「DIT(Defence Intelligence Team)」などのコードネームが用いられてきたとされる。
その起源は、日本の敗戦直後にまで遡る。旧日本陸軍の諜報・謀略養成機関であった「中野学校」の出身者たちが、戦後の米軍占領下において米陸軍第441対諜報部隊(CIC)やキャノン機関と連携。米軍の指導と資機材の提供を受けながら、対共産圏の情報収集組織として非公式に立ち上げられたのが「情報1班特別勤務班」、すなわち別班の原点である。
別班は東京都内の防衛省本省(市ヶ谷)内に本拠を置くことはない。中央線沿線の雑居ビルや都内の民間マンションの一室にダミー会社や民間事務所の看板を掲げ、一般の自衛官すら近寄れない「セーフハウス」を活動拠点としてきた。組織のトップである班長には1等陸佐クラスが就き、実員数十名規模という極めてコンパクトな体制を維持しながら、防衛省の通常予算とは完全に切り離された秘密資金によって運営されてきた経緯がある。