初代若乃花の壮絶生涯と栃若時代|土俵の鬼が遺した花田家の宿命
初代若乃花が切り開いた道は、角界随一の血脈である「花田家」の歴史そのものとなりました。その中心にいたのが、実弟である初代貴ノ花(花田満)です。
22歳も年が離れた弟・満が入門した際、初代若乃花は実の弟だからといって一切の甘やかしを許しませんでした。むしろ「花田の血筋だから優遇されている」という世間の偏見を排除するため、他の弟子以上に厳格な指導を徹底しました。初代貴ノ花は兄譲りの鍛え抜かれた細身の体で「角界のプリンス」として絶大な人気を誇り、大関の地位まで登り詰めることになります。
そして時代は平成へと移り、弟・初代貴ノ花の息子たちである花田虎上(3代目若乃花・第66代横綱)と貴乃花光司(第65代横綱)が「若貴ブーム」を巻き起こします。初代若乃花にとって二人は実の甥にあたります。
特に第65代横綱・貴乃花が見せた、一切の妥協を許さない相撲道や求道者としての姿勢は、伯父である初代若乃花が体現した「土俵の鬼」の精神そのものでした。当時の関係者証言によると、初代若乃花は甥・貴乃花の相撲を誰よりも高く評価し、「あれこそが本物の横綱相撲だ」と目を細めていたと伝えられています。血の宿命として受け継がれた不屈の魂は、昭和から平成へと脈々と受け継がれていきました。