抗日映画はなぜ作られ続けるのか?トンデモ描写の裏側と驚きの現場真相
中国の映像業界において、日中戦争(中国側の呼称は抗日戦争)を題材にした作品が途切れることなく供給され続ける背景には、単なる愛国教育の枠組みを超えた極めて現実的な商業構造と検閲システムが存在します。
中国で映画や連続ドラマを商業公開・放送するには、国家広播電視総局による厳格な事前審査をクリアしなければなりません。現代劇であれば貧困問題、官僚の汚職、社会格差などの描写が検閲に抵触し、お蔵入りになる莫大なリスクを常に抱えています。時代劇であっても、宮廷の権力闘争が共産党内部の権力闘争を想起させるとして放送制限の対象になりやすいのが実情です。
その点、侵略してきた旧日本軍を共産党指導下の軍隊や民兵が打ち倒すというプロットは、審査当局から「政治的正しさ」の絶対的保証を得られます。プロデューサーや投資家にとって、「政治的にお蔵入りするリスクが最も低い安全牌のジャンル」として抗日映画や中国抗日ドラマが選ばれ続けてきた歴史があります。
しかし、安全牌であるがゆえに無数の制作会社が同じジャンルへ殺到しました。結果として他作品との差別化を図るあまり、「カンフーで日本軍をなぎ倒す」「空中に投げた手榴弾をライフルで狙撃して戦闘機を爆破する」「オートバイで城壁を飛び越える」といった荒唐無稽な演出がエスカレート。これが中国のネットユーザー自身から「神話ドラマのようだ」と嘲笑を込めて名付けられた抗日神劇の正体です。