橋本奈々未の大学はどこ?武蔵野美大中退の真相と過酷な半生を検証
華やかなキャンパスライフを思い描いての上京でしたが、待ち受けていたのは想像を絶する経済的困窮でした。実家の家計が急変し、親からの学費や生活費の仕送りは完全にストップ。私立美術大学は一般の文系大学と比較して学費が高額なうえに、木材・金属・布地などの課題制作費や専用の製図道具代が日常的に発生します。
彼女は第一種・第二種の奨学金を限度額まで借り入れ、不足分を埋めるために複数のアルバイトを掛け持ちしました。早朝のパン屋、深夜の居酒屋での接客、さらにはチラシ配りなど、睡眠時間を削って労働に充てる日々が続きます。当時の状況について、後に特番やドキュメンタリーで本人は次のように述懐しています。
「1日に使える食費が数十円しかなく、コンビニでおにぎり1個を買って1日を過ごした」「水道やガスが止められるのは日常茶飯事で、美容室に行くお金もないため髪は自分で切っていた」
過労と極度の栄養失調が重なり、ある日バイト帰りの路上で倒れ、救急搬送されたことも一度や二度ではありませんでした。夢を追って進んだはずの学び舎で、常に退学と隣り合わせの極限状態に追い込まれていたのです。