明石家さんまの本名「杉本高文」の真相|芸名の由来と実家・家族の全貌
いつも太陽のように周囲を照らす明石家さんまさんですが、その生い立ちには想像を絶する孤独と悲哀の歴史があります。出身地は和歌山県東牟婁郡古座町(現在の串本町)で生まれ、その後すぐに奈良県奈良市へと移り住みました。前述の通り、実家はサンマをはじめとする海産物の水産加工販売業を営んでいました。
さんまさんがわずか3歳の頃、実母が病気のため他界。その後、父が再婚して新しい母親と、異母弟となる弟が家族に加わります。しかし、幼いさんまさんにとって継母との関係は決して平坦なものではありませんでした。新しい母親に少しでも認められたい、笑ってもらいたいという一心で、毎日必死に面白いことを考えて話しかけていたというエピソードは、彼のサービス精神とお笑いへの執着の原体験として知られています。
そして何より、さんまさんの心に最も深い傷を残したのが、弟・正樹さんとの別れです。歳の離れた弟を誰よりも可愛がり、実の兄弟以上に大切に慈しんでいたさんまさんでしたが、1983年、実家の火災事故によって最愛の弟を亡くすという凄絶な悲劇に見舞われます。当時すでに売れっ子芸人として多忙を極めていたさんまさんは、悲痛のあまり仕事をすべて辞めて引退しようと本気で苦悩しました。
そんな彼を救ったのもまた、笑いの力と仲間たちの存在でした。この耐えがたい喪失の痛みを乗り越えた経験から生まれたのが、彼の座右の銘としてあまりにも有名な言葉、「生きてるだけで丸儲け」です。娘のIMALUさんの名前の由来(いまる=生きているだけで丸儲け)にもなったこの哲学は、決して軽薄な楽観主義ではなく、極限の悲哀と死線をくぐり抜けた「杉本高文」という一人の人間が辿り着いた、命に対する崇高な祈りそのものなのです。