岡崎聡子の夫は元俳優の日高充?結婚歴・離婚理由と壮絶人生の真相
1961年、東京都に生まれた岡崎聡子は、卓越した身体能力と天性の表現力で早くから頭角を現しました。彼女の名が一躍全国区となったのは、國學院高等学校1年時に出場した1976年モントリオール五輪です。団体総合8位、個人総合30位という成績以上に、観客を魅了した愛くるしいルックスと爽やかな笑顔は「元祖アイドルアスリート」として社会現象を巻き起こしました。
しかし、栄光の時間は長くは続きませんでした。日本体育大学進学後、足首の重度靭帯断裂など度重なる怪我に見舞われます。さらに、メダル獲得を有望視されていた1980年モスクワ五輪では、日本政府のボイコット決定により出場機会そのものを奪われるという非運に見舞われました。怪我と政治的要因の二重苦に直面した岡崎は、失意のなか20代前半という若さで現役引退を余儀なくされたのです。
引退後は、当時ブームの兆しを見せていたエアロビクスのインストラクターや、テレビ番組のタレント・スポーツキャスターとしてメディアに露出。しかし、幼少期から体操一筋で生きてきた彼女にとって、一般社会や芸能界のプレッシャーは想像以上に過酷なものでした。