後藤組長の現在と引退の真相|『憚りながら』とカンボジアの軌跡
引退の翌年となる2009年4月、後藤氏は天台宗系の寺院で得度し、法名「忠叡」を名乗って仏門に入りました。世間が驚きをもって見守るなか、真の衝撃はその翌年に訪れます。2010年5月、自叙伝『憚りながら』(宝島社)が出版されたのです。
暴力団の元最高幹部が、現役時代の活動や政財界のフィクサーとの関わりを実名で語り尽くしたこの手記は、出版界に大激震を走らせました。大手書店で平積みにされ、初版から版を重ねて累計発行部数は30万部を突破する大ベストセラーを記録。書籍から得られた印税は、本人の宣言通り全額が国内外の慈善事業や医療支援機関へと寄付されました。
手記のなかで暴露された内容は、現代日本の戦後史そのものを揺るがすタブーの連続でした。
- 政界・宗教団体とのパイプ:特定の大型宗教法人をめぐる裏面工作や、国会議員・派閥有力者との実名での折衝、選挙支援の舞台裏。
- 大手芸能プロダクションとの癒着:昭和歌謡界の大物歌手や興行ビジネスにおけるトラブル処理、タレント移籍をめぐる水面下の調整。
- 経済事件と企業舎弟:バブル経済期から平成初期にかけての地上げ、日本航空(JAL)株の個人筆頭株主問題、銀行・証券会社との複雑な取引構造。
自著の中で「墓場まで持っていくはずだった話を、これからの日本を背負う若者のために残す」と語られた数々の証言は、単なるアウトローの武勇伝にとどまらず、公権力や表の経済が暴力団という影の力をいかに便宜的に利用してきたかを示す一級の社会学的証拠となりました。