谷原章介の若い頃がCg級イケメン!初代道明寺から現在を徹底比較
世間からは「生まれながらの恵まれたエリート」と見られがちですが、谷原章介の経歴と生い立ちの詳細を辿ると、決して平坦な道のりばかりではありませんでした。
ルーツは広島県三原市本郷町にあり、祖父は船乗りでした。本人は神奈川県横浜市で生まれ育ち、横浜市立新田中学校から神奈川県立港北高等学校へと進学します。今でこそ183cmの長身ですが、本人への過去のインタビュー手記によると「中学生の最初の頃は学年でも背が小さく、後ろから数えた方が早いほどだった」と明かしています。思春期の急激な成長痛とともに身長が伸び、高校時代にモデルへの憧れを抱くようになりました。
映画『花より男子』で華々しく俳優デビューを飾ったものの、20代半ばには手痛い挫折を経験しています。モデル出身俳優に対して「台詞が棒読みだ」「顔だけのモデル芝居」という厳しい偏見が根強かった90年代後半、オーディションに落ち続け、仕事が激減した時期がありました。当時の本人の回想録には「自分の容姿に甘えていたことに気づかされ、ゼロから演劇の基礎を学び直した」と克明に綴られています。
プライベートでは2007年に三宅えみさんと結婚。彼女の連れ子であった長男(現在俳優として注目を集める谷原七音さん)を愛情深く育て上げ、実子を含めた6人の子どもの父親として大家族を支えています。朝の情報番組前に家族全員の朝食やお弁当を手作りするなど、徹底して家庭と向き合う姿勢は有名です。
【プロの結論】成熟社会における「ルッキズムの昇華」とジェントルマンシップ
谷原章介という人物の歩みをメディア文化論および現代男性論の視点から分析すると、きわめて示唆に富む教訓が見えてきます。
90年代の日本の男性像は、「無頼な男らしさ」か「消費社会の記号としての美少年」という二極化に囚われていました。容姿が優れている男性ほど、30代以降に「若さの喪失」とともにアイデンティティの危機に直面し、表舞台から姿を消すケースが珍しくありませんでした。
しかし、谷原章介が秀でていたのは、自身の「CG級の美貌」という天賦の才を過信せず、20代のうちに挫折を受け入れ、徹底的な教養の習得と現場での職人芸(滑舌、所作、共演者を立てる聞き上手な姿勢)へとリソースをシフトさせた点です。美貌を誇るのではなく、美貌を「他者に安心感を与えるための礼節」へと昇華させたことこそが、50代の現在も第一線で信頼される最大の要因といえます。外面的な容姿に執着せず、内面の規律と家族への献身を重ねた男性だけが到達できる、真のジェントルマンシップの好例がここにあります。