なぜ馬肉になった名馬がいるのか?競馬界のタブーと引退後の衝撃真相
競馬界における引退馬処遇の残酷さを世界中に知らしめた最大の事件が、1986年の米ケンタッキーダービーおよび1987年のブリーダーズカップ・クラシックを制した名馬、ファーディナンド(Ferdinand)を巡る悲劇です。
競走馬として頂点を極めたファーディナンドは、1994年に種牡馬として日本へ輸入されました。しかし、産駒の成績が振るわず種牡馬需要が低迷すると、2002年に種牡馬登録を抹消(用途変更)。その後、所有権が転々とする中で行方不明となり、2003年に米競馬専門誌『ブラッド・ホース』の調査報道によって、2002年末頃に日本の肥育場を経て屠殺されていた事実が発覚しました。関係者への取材によると、処分された事実は長らく伏せられており、当時のアメリカ競馬界は激震に見舞われ、日本への不信感と怒りが巻き起こりました。
日本国内でも、1973年の宝塚記念を制しながらレース中の骨折後に翌日食肉処理されたハマノパレード事件など、ダービー馬処分や重賞馬の悲惨な過去事例は過去に何度も繰り返されてきました。さらに、1992年のクラシック戦線で過密ローテーションの末に悲劇的な運命を辿ったサンエイサンキューの経緯など、馬を「純粋な経済動物」として限界まで使い潰す当時の業界構造は、多くの競馬ファンの心に深い傷を残しています。