浅間山荘事件と共産党の関係とは?連合赤軍との違いや真相を徹底解説
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なぜ、これほど全く異なる二つの存在が現代でも混同されてしまうのでしょうか。その背景には、1950年代から1960年代にかけて起きた日本の左翼運動の深刻な分裂の歴史があります。
戦後初期、日本共産党は一時的に武装闘争方針をとった時期がありましたが、1955年の「第6回全国協議会(六全協)」において武力闘争路線を全面放棄しました。平和的な大衆運動と議会選挙を通じた変革を目指す現実路線へと大きく舵を切ったのです。
これに猛反発した急進派の学生や活動家たちが党を離脱、あるいは除名され、結成したのがいわゆる「新左翼」各派でした。新左翼の中でも特に急進的な軍事方針を掲げたのが「赤軍派」であり、のちに山岳ベースへと潜伏していく連合赤軍へと繋がっていきます。
日本共産党と新左翼・連合赤軍の根本的な違いを整理すると、以下の対比が明確になります。
・日本共産党:法と秩序を守る合法政党。議会制民主主義と選挙を通じた改革を主張。
・連合赤軍(新左翼・極左暴力集団):国家権力への武装蜂起を主張。銃奪取、テロ、ハイジャックを正当化する非合法集団。
このように、思想も行動様式も対極に位置していたにもかかわらず、使われる用語(共産主義、革命、赤軍など)が似通っていたことが、現在まで続く誤解の大きな原因となっています。