立正佼成会と創価学会の決定的違い!政治と信者数の実態に迫る
なぜ、同じ『妙法蓮華経』を経典としながら、これほどまでに相容れない組織文化が生まれたのか。その源流は、大正から昭和初期にかけて日本社会を覆った閉塞感と、そこから派生した法華系新宗教の分岐点にある。
立正佼成会は1938年、霊友会から分派独立する形で産声を上げた。開祖・庭野日敬と長沼妙佼によって創立された同会は、先祖供養と法華経の教えを結びつけ、庶民の生活苦や病気、家庭不和の解決を小集団の対話(法座)を通じて癒やす手法を取った。日蓮の教えをベースにしつつも、釈迦の根本仏教へ立ち返る柔軟な解釈が特徴だ。
一方の創価学会は1930年、教育者の牧口常三郎と戸田城聖によって「創価教育学会」として設立された。日蓮正宗の信徒団体として出発した彼らは、徹底した教学の研鑽と「現世利益」の実証を掲げ、生活困窮者や都市への流入層を急速に組織化していった。国家神道に屈せず投獄された牧口の殉教的歴史は、教団の純血主義と戦闘的なアイデンティティの礎となった。
庶民救済の手段として「受容と対話」を選んだ立正佼成会と、「破邪顕正の闘争」を選んだ創価学会。出発点における思想的選択が、その後の半世紀以上にわたる組織の運命を決定づけたといえる。