終戦を導いた鈴木貫太郎の真実|二・二六事件の奇跡から首相の決断まで
鈴木貫太郎をめぐる歴史的論争の中で、最も誤解を招きやすいのがポツダム宣言に対する「黙殺」発言です。1945年7月28日の記者会見において、鈴木が「ポツダム宣言は重要性を認めるべきものではなく、ただ黙殺するのみである」と述べたと報道され、これが連合国側に「Reject(拒否)」と解釈されて原爆投下やソ連参戦を招いたという言説がネット上でも散見されます。
しかし、当時の公記録や迫水久常内閣書記官長らの証言によると、内閣の真意は「ソ連を通じた和平交渉の回答を待つ間、ノーコメント(ノー・コメンツ)として静観する」というものでした。「論評を差し控える」というニュアンスで用いた「黙殺」という日本語が、同盟通信社によって「ignore(無視・軽視)」と対外英訳され、ロイター通信などで「reject」と報じられた言語的・外交的悲劇であったことが近年の歴史研究でも立証されています。
また、鈴木の人間性を象徴する名言として有名なのが、アメリカのルーズベルト大統領が急死した際(1945年4月)に発信した公式弔電です。敵国指導者の死に対し、同盟国のヒトラーが罵詈雑言を浴びせたのに対し、鈴木は「アメリカの今日の優位を作り上げた偉大な指導者の死に対し、深甚なる哀悼の意を表する」と武士道精神に基づいた敬意を表しました。この発言は戦後、アメリカをはじめとする国際社会で高い評価を受ける契機となりました。