皇室に伝わる有栖川流書道の真髄と継承の真相【筆遣いと歴史】

皇室に伝わる有栖川流書道の真髄と継承の真相【筆遣いと歴史】の注目ポイントを詳しく解説してご紹介します。

有栖川流の歴史を紐解くと、江戸時代中期に霊元天皇の第5皇子であった有栖川宮職仁親王(よりひとしんのう)が創始した流派に遡ります。当初は公家貴族の間で愛好された典雅な書風でしたが、幕末から明治にかけて第8代当主となった有栖川宮幟仁親王の手によって、書道の一大体系として確固たる地位を築きました。

幟仁親王の揮毫として最も歴史的価値が高いものが、1868年(慶応4年)に発布された「五箇条の御誓文」の正本です。明治天皇が神前で天地神明に誓った国家の根本方針を記す筆として選ばれたことからも、当時の宮中において有栖川流がいかに絶対的な格式と信頼を誇っていたかが窺い知れます。

しかし、第10代の威仁親王が継嗣を残さず薨去されたことで、大正期に有栖川宮家は断絶の危機を迎えます。この貴重視された筆法が失われることを惜しんだ皇室関係者の尽力により、有栖川宮の祭祀と伝統は高松宮宣仁親王へと引き継がれました。さらに宣仁親王と同妃喜久子殿下の手によって厳格に筆法が守られ、平成から令和の時代においては秋篠宮文仁親王へと相伝されました。秋篠宮家では紀子妃殿下をはじめ、皇族方が公務や宮中儀礼の短冊を揮毫される際の手本として、今なお大切に継承されています。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。