日章旗・旭日旗の真実!幕末から明治への知られざるデザイン変遷
幕府が倒れ、中央集権体制を確立した明治政府は、国際社会における国家の体裁を整えるため、旗の規格化を急速に進めた。その決定的瞬間が、1870年(明治3年)に発布された太政官布告第57号「商船規則」である。
この布告によって、日章旗の縦横比率(当時は縦7対横10)や、日章(赤い丸)の位置、大きさが法的に厳密に規定された。驚くべきことに、当時のデザインでは赤丸の位置が旗の中心ではなく、竿側にわずかに寄せられて配置されていた。航行中に旗がたなびいた際、視覚的に中央に見えるよう計算された巧みな工夫であり、近代国家としての合理性を追い求めた当時の職人や官僚たちの執念が窺える。