斎太郎節の歌詞と人物の正体を解剖!掛け声の謎と歴史を徹底検証
斎太郎節のルーツを辿ると、江戸期から松島湾や塩釜周辺で歌われていた労働歌「遠島甚句(とおしまじんく)」に行き着きます。「遠島」とは宮戸島をはじめとする松島湾外縁の島々を指し、島民や本土を行き来する船頭たちが重い櫓(ろ)を漕ぐ単調な苦役を紛らわせ、腕の呼吸を完全に一致させるために口ずさんでいた櫓漕ぎ唄が原点でした。
地域固有の作業唄であったこの楽曲が、今日知られる劇的な構成へと変貌を遂げたのは昭和初期のことです。決定的な転換点となったのは、宮城県出身の民謡研究家・演奏家である後藤桃水(ごとう とうすい、1880–1960)の存在でした。
昭和6年(1931年)頃、日本コロムビアなどのレコード会社による全国的な民謡録音ブームのなかで、後藤桃水は各地に断片化していた宮城沿岸の舟唄・網起し唄を再収集しました。彼は「前唄(遠島甚句)」「本唄(斎太郎節)」「後唄(網起し音頭)」の3部構成からなる壮大な組曲形式へと劇的に再編し、これを「大漁唄い込み」と命名して世に送り出したのです。個々の漁場に埋もれていた素朴な掛け合いが、洗練されたステージ芸能・祝儀曲へと昇華された瞬間でした。