明治時代の食べ物はどう激変した?牛鍋の裏に隠された庶民食のリアル
インターネット上の歴史解説やSNSにおいて、「明治時代」の食べ物について広く流布している誤解がいくつか存在します。
【誤解1】「明治維新直後から全国民が肉を食べるようになった」
これは完全な誤りです。牛肉食が浸透したのは東京、横浜、京都、大阪などの大都市圏が中心であり、地方では昭和初期に至るまで「牛や馬は農耕の大切な相棒であり、食べるなどとんでもない」という感覚が根強く残っていました。肉食が真の意味で全国津々浦々の食卓に定着したのは、戦後の高度経済成長期以降です。
【誤解2】「明治の洋食はすべて本場ヨーロッパと同じ味だった」
これも事実と異なります。本場のデミグラスソースやブイヨンは手に入りにくかったため、当時のコックたちは日本酒、みりん、濃口醤油、八丁味噌などを隠し味に使って試行錯誤していました。つまり、私たちが今日「日本の洋食」と呼んでいる料理は、西洋料理のコピーではなく、「日本料理の技法で再構築された創作料理」だったのです。