手のひらを太陽に作詞の真相|極貧時代にやなせたかしが込めた命の叫び

手のひらを太陽に作詞の真相|極貧時代にやなせたかしが込めた命の叫びにまつわる興味深い視点を詳しく紐解きます。

昭和から令和の今に至るまで歌い継がれる名曲『手のひらを太陽に』の作詞者はやなせたかし氏(1919〜2013年)です。発表されたのは1961年(昭和36年)。当時のやなせ氏は40代前半でありながら、漫画家としての確固たる地位を築けず、舞台美術や放送作家などの雑多な仕事を請け負いながら食いつなぐ、まさに遅咲きの下積み時代にありました。

当時の自著や手記によると、冬の厳しい寒さのなか、暖房器具を買う余裕すらなく、かじかむ手をこすり合わせながら深夜の机に向かっていたといいます。仕事への不安、将来への焦燥感、そして戦争体験で味わった強烈な空腹の記憶が去来するなか、ふと手元の懐中電灯の光に自分の手をかざした瞬間がありました。

真っ暗な部屋の中で、強い光に透けて見えたのは、皮膚の下をドクドクと力強く巡る「真っ赤に流れる血潮」でした。どんなに生活が苦しく、社会から認められなくとも、自分は今間違いなく生きている。ミミズやオケラ、アメンボといった名もなき小さな命と同じように、確かに命脈を保っているという圧倒的な事実。この凍える暗闇での直観的な体験が、不朽の名フレーズ「手のひらを太陽にかざしてみれば 真っ赤に流れる ぼくの血潮」として結実したのです。

木村 陽翔

木村 陽翔

テックライター兼ウェブディレクター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。