Pl学園がやばいと言われる真相|寮の掟と野球部休部の全記録
野球部の休部は単なる部内トラブルにとどまらず、学校の母体であるパーフェクトリバティー(PL)教団の勢力変化と不可分な関係にあります。大正時代に立教された同教団は、「人生は芸術である」という教義のもと、戦後から昭和後期にかけて数百万人の信者を抱える巨大新宗教へと急成長しました。
かつては信者の子弟が全国から集まり、潤沢な資金力を背景に手厚い特待生制度や充実したスポーツ施設を維持していました。しかし、時代の移り変わりとともに教団の求心力は低下。指導者の世代交代や社会構造の変化に伴って信者数が激減し、教団の財政基盤は急速に縮小していきました。
教団の規模縮小はそのまま学園の経営を直撃しました。スポーツ推薦枠の縮小や遠征費の補助削減が進み、学園全体での生徒数激減が加速。一般入試の受験者数も落ち込み、学校組織としての維持そのものが極めて困難な局面へと追い込まれていったのです。