なぜ自らミイラに?即身仏の壮絶な木食行と山形に遺る奇跡の全貌
僧侶が即身仏へと至る道は、人間の生理的限界を遥かに超えた苦行の連続でした。その根幹をなすのが「木食行(もくじきぎょう)」と呼ばれる厳しい断食修行です。
修行は数千日(3年〜数十年)におよび、米・麦・大豆・小豆・粟などの五穀や十穀を完全に断ちます。行者は山林に自生するトチの実、山葡萄、松の皮、スギの葉などをわずかに口にするのみで命を繋ぎます。これにより、体内の脂肪と水分が極限まで減少し、筋肉も削ぎ落とされていきます。晩期には、防腐効果と防虫効果を持つ漆(ウルシ)の樹液で作った茶を服用し、生きたまま体内をコーティングして腐敗を防ぐ処置を行いました。
肉体の準備が極限に達すると、最終段階である「土中入定(どちゅうにゅうじょう)」を迎えます。深さ約3メートルの地中に木製の箱(座棺)を埋め、行者はその中に入って結跏趺坐(けっかふざ)を組みます。地上とは節を抜いた1本の竹筒だけで繋がり、空気の供給を確保しながら、手元の鈴を鳴らして読経を続けました。地上に響く鈴の音が途絶えたときが入定(死去)の瞬間であり、その後竹筒は抜かれ、墓穴は完全に密閉されます。
埋葬から1,000日(約3年3ヶ月)が経過したのち、弟子たちの手によって掘り起こされます。遺体が腐敗することなく乾燥し、完全に即身仏となっていた場合のみ、手厚く供養されて寺院の本堂に安置されました。