浅間山荘事件とカップヌードル爆売れの真相|極寒中継が起こした奇跡

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浅間山荘事件の生中継でなぜカップヌードルは爆発的ヒットを記録したのか――その最大の要因は、「極限状態の映像がもたらした圧倒的なリアリティ」と「歴史的視聴率による巨大なリーチ」の合流にある。

1972年(昭和47年)2月28日、人質救出のため警察庁・警視庁の機動隊が鉄球クレーン車を山荘に激突させ、強行突入を決行した作戦当日は、NHKと民放各社が朝からぶっ続けで完全生中継を敢行した。ビデオリサーチの調査によると、この日のテレビ総世帯視聴率は驚異の89.7%(在京テレビ各局合計)に到達。同月に開催された札幌冬季オリンピックでカラーテレビの普及率が約6割まで跳ね上がっていたことも重なり、全国のお茶の間がリアルタイムの修羅場を鮮明なカラー映像で目撃することとなった。

画面に映し出されたのは、連合赤軍による容赦ない銃撃、砕け散る山荘の外壁、殉職者を出す極限の緊張感、そして吹き荒れる猛吹雪だった。その生死の狭間で張り詰めた機動隊員たちが、ヘルメットをかぶったまま両手で容器を包み込み、白い湯気を吹き出しながら麺をすする姿が繰り返し大写しにされたのである。

灰色の雪景色と凍てつく寒さという殺伐とした画面の中で、唯一の「温かさ」と「生命の維持」を象徴していたのが、カップヌードルから立ち上る湯気だった。演出されたテレビコマーシャルでは到底生み出せない究極のシズル感が、全国数千万人の視聴者の食欲と好奇心を強烈に刺激。「あの隊員たちが食べている未知の食べ物は何なのか」「自分も今すぐ食べてみたい」という熱狂的な衝動が、日本中に瞬く間に伝播したのである。

林 結菜

林 結菜

ライフスタイル編集者

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。