赤ひげの舞台・小石川療養所!吉宗と町医者が挑んだ救護の真実
1722年、江戸の街に設置された「目安箱」への投書が一台のドラマを動かした。投稿主は、町医師の小川笙船。施薬院の設置を求める熱意あふれる提言は、名君と誉れ高い徳川吉宗の心を直ちに捉えた。当時、感染症や栄養失調で命を落とす貧民が絶えなかった江戸において、この直訴は画期的な医療福祉政策の引き金となったのだ。
こうして江戸幕府の官民一体プロジェクトとして開設された療養所は、困窮する庶民を無償で治療・収容する前代未聞のシステムを構築した。民間から上がった声を最高権力者が迅速に採用し、即座に形にした点において、当時の行政としても破格のスピード感であった。