なぜ今世界が注目?曹洞宗の神髄と永平寺の知られざる修行実態
何かを得るために座るのではない。座ることそのものが仏の姿なのだ。道元が中国・宋への命がけの留学を経て日本にもたらした「只管打坐(しかんたざ)」は、当時の仏教界に走った強烈な電撃だった。
それまでの修行は、悟りという明確なゴールを目指すための「手段」に過ぎなかった。しかし道元はそれを真っ向から否定した。ただひたすらに座る。雑念を払おうと力むことすら手放し、身体と心を宇宙の運行に委ねる。この教えを緻密かつ詩情あふれる哲学体系として書き残したのが、日本思想史の金字塔とされる『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』だ。
現代のビジネスパーソンが陥りがちな「成果主義の罠」に対する解毒剤が、すでに800年近く前のテキストに克明に記されている。