山口洋子の波乱に満ちた生涯と伝説|銀座「姫」から直木賞作家への軌跡
1970年代に入ると、山口洋子は作詞家として音楽界に大きな旋風を巻き起こします。その最大のハイライトが、歌手・五木ひろしのプロデュースでした。
当時、別の芸名で苦節を重ねていた若き歌手の才能を見抜いた彼女は、作曲家の平尾昌晃らとともに再起をバックアップ。「五木ひろし」という新たな芸名の名付け親の一員となり、勝負曲として提供したのが1971年の『よこはま・たそがれ』でした。「よこはま たそがれ ホテルの小部屋」と体言止めをリズミカルに連ねる斬新な歌詞構成は列島を揺るがし、ミリオンセラーを記録。五木ひろしを一躍トップスターへと押し上げました。
その後も山口洋子のペンは止まらず、数多くの代表曲を世に放ちます。
- 『夜空』(五木ひろし / 1973年日本レコード大賞受賞)
- 『千曲川』(五木ひろし / 1975年日本レコード大賞最優秀歌唱賞)
- 『うそ』(中条きよし / 1974年大ヒット)
- 『ブランデーグラス』(石原裕次郎 / 都会的な哀愁を描いた名曲)
男女のすれ違いや都会の孤独を情景豊かに切り取る彼女のフレーズは、歌謡曲の歴史を塗り替える圧倒的なパワーを持っていました。