プロ野球を揺るがした江川卓「空白の一日」真相とトレード劇の全貌
巨人がこの電撃契約に踏み切った背景には、当時の日本プロ野球協約の盲点を突いた法解釈が存在していました。当時の協約第138条において、ドラフト指名球団が選手と交渉できる期間は「翌年のドラフト会議の前々日(11月20日)まで」と規定されていました。
クラウンライターライオンズが持つ江川氏への独占交渉権は、1978年11月20日24時をもって法的に消滅。一方で、新たなドラフト対象選手となるのは翌々日である11月22日のドラフト会議からでした。巨人の法務・球団幹部は、その間にある「11月21日」の24時間だけは、江川氏がどの球団の支配下にも拘束されない自由契約選手であると解釈したのです。
「協約の条文に書かれていない以上、自由契約選手との入団交渉および契約締結は完全に合法である」――巨人はこの論理を掲げ、ドラフト前日の午前中に江川氏と入団契約を電撃締結。支配下選手登録をセ・リーグ事務局へ申請しました。