爆笑問題と浅草キッド因縁の真相!太田光と水道橋博士が和解した理由

爆笑問題と浅草キッド因縁の真相!太田光と水道橋博士が和解した理由の注目されている理由を専門的かつ分かりやすくまとめました。最新トレンドを一目で把握できます。

長きにわたる冷戦に決定的なピリオドを打ったのは、水道橋博士の「ペン」でした。2012年、水道橋博士が執筆したノンフィクション評伝『藝人春秋』(文藝春秋)の第1章に、太田光を真正面から描いた原稿が掲載されたのです。

その文章は、かつての因縁を矮小化することなく、太田光という表現者が背負う孤独、狂気、そして漫才に対する愚直なまでの誠実さを、最大の賛辞と鋭利な観察眼をもって描き切った傑作でした。原稿を読んだ太田光は深く心を揺さぶられ、自身のラジオ番組『爆笑問題カーボーイ』などで博士の筆力を絶賛。凍りついていた感情の堰が、文芸という土俵で見事に決壊しました。

そして2014年、雑誌『新潮45』の誌面において、太田光と水道橋博士による奇跡のサミット対談が実現します。対談の冒頭、水道橋博士はかつての楽屋事件について口を開き、太田も当時の自らの増長とシャイネスを率直に認めました。

「あの時、お前が怒ったのは当然だった」と語る太田に対し、博士もまた「太田光の才能に嫉妬し、師匠を盾にして威嚇していた自分の小ささがあった」と告白。殴り合い寸前だった2人の青年は、四半世紀の歳月を経て、互いの傷と才能を完全に認め合う無二の友となったのです。

現在における爆笑問題と浅草キッド(水道橋博士・玉袋筋太郎)の関係は、単なる「仲直り」を超越した境地にあります。水道橋博士が体調不良で休養に入った際や人生の岐路に立った局面において、太田光は公の電波を使って誰よりも温かく、愛ある辛口のエールを送り続けました。互いを「同時代を生き残った最後の同士」と位置付けるその絆は、芸能界でも最も純度の高い友情の一つと言えます。

橋本 菜々子

橋本 菜々子

トレンドリサーチャー

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。