ラッセル・ブランドと日本の因縁|入国拒否の理由と現在の真相
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日本での入国騒動で名を知った読者も多いラッセル・ブランドですが、英米のエンターテインメント業界においては極めて特異な才能を持つトップコメディアンとして認知されていました。
1975年6月4日、英エセックス州グレイズに生まれたブランドは、幼少期に両親の離婚や母親の闘病、自身のがん克服など過酷な環境で育ちました。思春期から双極性障害や過食症、薬物依存に苦しみながらも、スタンドアップコメディの舞台で頭角を現します。マシンガンのように繰り出される知的な語彙と、下品で過激な風刺を融合させた唯一無二の芸風は、瞬く間に英国中の注目を集めました。
2000年代後半からはハリウッド映画界にも進出し、映画『寝取られ男のラブ♂バカンス』(Forgetting Sarah Marshall / 2008年)で破天荒なロックスター、アルダス・スノー役を怪演してブレイク。そのスピンオフ主役映画『伝説のロックスター再生計画!』(Get Him to the Greek / 2010年)や、大ヒットアニメーション『怪盗グルーの月泥棒 3D』『怪盗グルーのミニオン危機一発』におけるネファリオ博士の声優など、俳優としての地位を確立していきました。
一方で、BBCのラジオ番組で悪質な悪戯電話をかけて社会問題化し番組を降板するなど、そのキャリアは常に天才的な表現力と制御不能な破天荒さが隣り合わせの危うさを孕んでいました。