なぜ溥儀は皇帝でなく執政に?満洲国建国の真相と関東軍との暗闘
満洲へ渡った溥儀が当然のように期待していたのは、「満洲帝国皇帝」としての即位でした。しかし、関東軍が彼に提示したポストは、皇帝ではなく国家元首としての「執政」だったのです。この「溥儀の執政・皇帝の違い」には、関東軍が抱えていた深刻な外交上の計算が関係していました。
当時、日本軍による満洲占領は国際社会から激しい反発を浴びており、国際連盟によるリットン調査団の派遣も決定していました。もし清朝の皇帝をそのまま満洲の皇帝として復位させれば、国際社会から「あからさまな清朝の残滓を利用した軍事侵略・傀儡政権の樹立」と断定され、厳しい制裁を受ける恐れがあったのです。
関東軍は、新国家をあくまで「東北地方の各民族が自発的に独立した近代国家」として体裁を整える必要がありました。そのため、封建的な「君主制(帝国)」を直ちに名乗ることを避け、近代的大統領制に近い「共和制的な執政制」を採用することを決定したのです。これこそが、溥儀が当初皇帝になれなかった決定的な理由でした。