酸素投与が命取りに?2型呼吸不全と1型の違い・Co2ナルコーシス
「苦しそうな呼吸を見て、良かれと思って酸素ボンベのダイアルを回してしまった。まさかそれが母の意識を奪う引き金になるとは夢にも思わなかった」――これは、在宅酸素療法(HOT)を受ける家族を介護していた遺族が、医療安全の聞き取り調査で語った痛恨の証言です。
通常、人間の呼吸中枢(延髄)は、血液中の二酸化炭素分圧(PaCO2)の上昇を最も敏感に察知して「息を吸え」という指令を出します。これを「高炭酸ガス換気駆動」と呼びます。健常者が激しい運動をした後に呼吸が荒くなるのは、体内に溜まった二酸化炭素を排出しようとする生理的反応です。
しかし、慢性閉塞性肺疾患(COPD)や重度の気道疾患を長年患っている患者の体内では、長期間にわたり二酸化炭素が排出しきれず、慢性的な高炭酸ガス血症が常態化しています。すると延髄のセンサーが二酸化炭素の刺激に慣れきって麻痺し、自律的な換気指令を出さなくなってしまいます。その結果、生体はバックアップシステムとして、頸動脈小体などにある末梢化学受容体による「酸素不足(低酸素分圧)」の刺激を頼りに呼吸を維持するようシフトします。これがいわゆる低酸素換気駆動(hypoxic drive)です。
この極限のバランスで辛うじて息をしている患者に、高濃度の酸素を不用意に吸入させるとどうなるでしょうか。体内の酸素分圧が急上昇した瞬間、生体センサーは「十分な酸素がある」と誤認し、唯一残されていた呼吸のドライブ(換気刺激)を完全に停止させます。肺の動きが極端に浅く遅くなり、体内に二酸化炭素が猛烈なスピードで溜まり続ける悪循環に陥るのです。これが、酸素投与が文字通り命取りになる医学的メカニズムです。