「腸チフスのメアリー」の正体と真相|生涯隔離された料理人の悲劇
事態を重く見たニューヨーク市衛生局は1907年、警察官を動員してメアリーを力ずくで拘束しました。検査の結果、彼女の便から大量の腸チフス菌が検出され、彼女が「無症状保菌者」であることが科学的に証明されます。衛生局は市民への感染拡大を防ぐため、イースト川に浮かぶ孤島ノースブラザー島のリバーサイド病院にある孤立したバンガローへと彼女を強制収容しました。
突然の隔離生活に対し、メアリーは「自分は何も罪を犯していない」と激しく抵抗しました。1909年には人身保護令状を求めてニューヨーク州最高裁判所に提訴します。法廷闘争は世間の耳目を集めましたが、裁判所は「公共の安全を守るため」として隔離の継続を支持しました。
転機が訪れたのは1910年です。新たな衛生局長官が就任し、「二度と料理人として働かないこと」「定期的に居住地と健康状態を報告すること」を条件に、メアリーは条件付きで釈放されました。自由を取り戻した彼女は洗濯婦として働き始めます。しかし、料理人に比べて洗濯婦の賃金は半分以下と極めて低く、過酷な肉体労働が彼女を経済的困窮へと追い詰めていきました。