高山隆: 天才生化学者が解き明かした生命の神秘と科学界への遺産
象牙の塔にこもる研究者ではなかった。高山は早くから産学連携の重要性を認識し、製薬企業や診断薬メーカーとの共同研究を積極的に推進した。
基礎研究の成果を社会に還元するには、企業との協力が不可欠だ。しかし1980年代の日本では、大学研究者が企業と協力することに批判的な風潮もあった。高山はそうした空気を気にせず、患者に届く成果を追求した。
その結果、複数の糖鎖関連診断薬が実用化され、創薬研究のプラットフォーム技術も生まれた。研究室発のベンチャー企業設立にも関わり、研究成果の事業化モデルを示した。
知的財産戦略と国際競争
高山は特許出願の重要性も理解していた。重要な発見については速やかに特許を申請し、日本の研究成果を守った。国際的な特許ポートフォリオを構築することで、海外企業との対等な交渉を可能にした。
同時に、基礎的な知見は論文として公開し、科学の発展に貢献することも忘れなかった。この「守るべきものは守り、共有すべきものは共有する」というバランス感覚が、彼の研究戦略の特徴だった。