京唄子の波乱万丈な生涯|鳳啓助との離婚劇と晩年の闘病・死因の真実
京唄子さんの人生を語る上で欠かせないのが、相方であり元夫でもあった鳳啓助(おおとり けいすけ)さんとの出会いです。1956年に結婚した二人は、夫婦漫才コンビ「唄子・啓助」を結成しました。
鳳啓助さんのとぼけたキャラクターと「ポテチン」「僕の恋人、東京のキー子ちゃん」といった独特のフレーズに対し、京唄子さんが大きな口を開けて鋭く突っ込むしゃべくり漫才は、関西のみならず全国的な大ブームを巻き起こします。男女コンビの漫才スタイルに革命をもたらした二人は、テレビ時代への移行とともに一躍スターダムへ駆け上がりました。
その人気を決定づけたのが、1969年から1985年まで約16年間にわたって放送されたトークバラエティ番組『唄子・啓助のおもろい夫婦』(フジテレビ系)です。一般の夫婦をスタジオに招き、赤裸々な夫婦生活や本音を引き出すこの番組は、最高視聴率30%超を記録する金字塔となりました。酸いも甘いも噛み分けた二人の絶妙な掛け合いは、まさに昭和のお茶の間を象徴する風景となったのです。