柳条 湖 事件の真相とは?爆破工作の全貌と新事実から解く歴史の闇

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1931年9月18日午後10時半頃、満州(現在の中国東北部)の奉天(現・沈陽)北方にある柳条湖付近で、突然の爆発が夜気を揺らした。標的となったのは、日本が権利を保持していた南満州鉄道株式会社の線路である。破壊された線路の長さはわずか数メートル程度にとどまり、直後に通過した列車も何事もなく通過できるほどの軽微な損傷に過ぎなかった。

しかし、この事態を待ち構えていたかのように即座に動き出した組織があった。現地に駐屯していた軍事組織、関東軍である。作戦の主導権を握っていたのは、主任参謀の石原莞爾中佐と高級参謀の板垣征四郎大佐らであった。彼らは満州全域の軍事占領構想を事前に練り上げており、事件そのものを占領作戦開始の大義名分として利用したのだ。

爆破の直後、現場には中国兵の遺体が放置され、あたかも中国側の犯行であるかのような証拠工作が手早く施された。あらかじめ準備されていたシナリオ通りに部隊が進撃を開始し、奉天市街や周辺都市の占領へと突き進んでいった。現地からの報復の連鎖は、軍中央の統制を完全に凌駕していた。

中川 明日香

中川 明日香

ビジネス戦略アナリスト

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