香川照之と市川猿之助は腹違い?家系図が明かす従兄弟の真相
澤瀉屋の歴史は、明治から令和に至るまで伝統と革新、そして激しい愛憎劇が交錯するドラマの連続でした。香川照之が名乗る「市川中車」と、従弟が継いだ「市川猿之助」という名跡には、家系図上でも大きな立場の違いが存在します。
本来、澤瀉屋のトップ名跡である「市川猿之助」は、三代目猿之助(後の二代目猿翁)の実子である香川照之が継ぐのが自然な血統の流れでした。しかし、香川が1歳の頃に起きた両親の離婚により、香川は歌舞伎の世界から完全に切り離されて育ちました。
その空白を埋めるように、伯父である三代目猿之助に幼少期から師事し、澤瀉屋の正統後継者として育てられたのが甥の四代目猿之助(当時・二代目市川亀治郎)でした。血筋では香川が「本家の長男」、キャリアでは猿之助が「正統な後継者」という、ねじれの位置関係が生じたのです。