京都・清水寺「舞台」の知られざる歴史と混雑回避策を緊急取材
断崖にせり出すように造られた清水の舞台は、見上げる者を圧倒する無二の造形美を誇る。釘を一切使わずに組み上げられた「懸造り(かけづくり)」と呼ばれる伝統工法は、地震の多い日本の風土を生き抜いてきた先人たちの知恵そのものだ。139本もの巨大な欅(けやき)の柱が格子状に組み合わさる骨組みは、幾度もの大火や震災を乗り越え、現代の歴史的建造物としても驚異的な強度を維持し続けている。
その創建の起源は奈良時代末期の宝亀9年(778年)に遡る。大和国からやってきた修道者である賢心が、音羽の滝の清泉に導かれてこの地に草庵を結んだことが始まりだ。その後、蝦夷征伐で知られる将軍の坂上田村麻呂が妻の病気平癒を祈願して本堂を建立し、壮大な寺院へと発展を遂げた。単に古文化財として愛されているだけでなく、法相宗の深い教えを継承する北法相宗の大本山として、今も独自の信仰世界を守り続けている。
1994年にはユネスコの世界文化遺産「古都京都の文化財」の構成資産として登録され、名実ともに人類共通の宝となった。舞台の上に立つと、眼下に広がる四季折々の原生林と京都の街並みが一視界に収まる。しかし、その華やかな景観の底流には、過酷な歴史の荒波を幾度となく潜り抜けてきた信仰の重みが静かに息づいているのだ。